テーマ:写真

新春の山下公園

飛鳥Ⅱを見た後、山下公園まで足を伸ばしてみました。山下公園は、横浜で最も有名な公園です。関東大震災の復興事業として、震災で発生した瓦礫で海を埋め立てて造成し、1930年(昭和5年)に開園しました。臨海公園で、大さん橋から山下埠頭までの間の約1kmが海に面しています。海沿いにはベンチが並び、この公園独特の景色を作っています。山下公園は、横…
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飛鳥Ⅱ、大さん橋入港

久しぶりに、象の鼻パークから山下公園の辺りをぶらぶらしてみようかなと出かけたところ、大さん橋に飛鳥Ⅱが入港していました。飛鳥Ⅱは、日本籍で最大の客船です。もとはバハマ船籍のクリスタル・ハーモニーとして三菱重工業長崎造船所で竣工し、1991年にアメリカのクリスタル・クルーズ社に就役しましたが、2006年、郵船クルーズが買い取り、日本向けに…
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コットンハーバー地区さんぽ

コットンハーバー地区とは、山内埠頭の再開発地区の名称で、ウォーターフロントであることと、かつて内陸側に綿花町という街があり、埠頭には綿花倉庫もあったことからコットンハーバーということになったそうです。山内埠頭にあった浅野ドックが移転することになり、その跡地に高層マンションや商業施設が建設されていきました。コットンハーバー地区の最寄駅はJ…
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横浜中央卸売市場本場

横浜中央卸売市場本場は1931年(昭和6年)2月に全国で3番目、東日本では最初となる中央卸売市場として開設されました。本場では水産物、青果、鳥卵などを扱っています。第1、3土曜日の9時~11時が一般開放日となっていて、市場内でいろいろな催しが行われている他、食堂は一般の人でも常時利用できます。市場がどんなものか見たくなり、行ってきました…
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山下埠頭夕涼みさんぽ 前編

山下埠頭は1953年(昭和28年)に着工し、1963年(昭和38年)に完成した在来貨物中心の埠頭で、主に東南アジア・中近東への金属機械製品の輸出を扱っていましたが、現在は本牧ふ頭、南本牧ふ頭などを補完する役割を担っています。山下公園に隣接し、中華街や関内からも近いため、観光や商業の拠点としての再開発が検討されているようです。写真にも写り…
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都橋商店街

京急日ノ出町駅から大岡川沿いを下流に下っていくと、宮川橋と都橋の間に川の曲線に沿った2階建ての異様な建物があります。これが都橋商店街です。1964年(昭和39年)、東京オリンピック開催に伴い、野毛本通りの見栄えをよくするため、道を占拠していた露天や屋台を収納してできました。その形状から「ハーモニカ横町」とも呼ばれています。 大岡川…
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六角橋商店街仲見世通り探訪

六角橋商店街は、旧綱島街道沿いの東急線白楽駅から横浜上麻生道路の六角橋交差点まで約300mの区間の戦前から続く商店街です。戦前から横浜市電が六角橋まで走っていた関係で、早くからこの辺りは市街地として整備されていました。戦後すぐに闇市として発展し、現在に至っています。商店街のメインストリート旧綱島街道と並行して走っている細い路地の仲見世通…
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子安浜ぶらり旅 後編

子安浜は、東が入江川河口から、西は新浦島橋くらいまでの約700mです。そのほぼ真ん中にある常盤橋から、東側を歩いてみました。 網など、漁具を扱っている店のようです。 石造りの立派な蔵です。奥に見える民家も、かつての漁港の繁栄の残滓かもしれません。 浜通り奥の路地にある銭湯井川湯です。漁で冷え切った漁師の体を、温め続けて…
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子安浜ぶらり旅 前編

京急子安駅から徒歩5分くらいのところにある子安浜は、昭和の漁師まち風景を残しています。この地域は、江戸時代から昭和40年代にかけてシャコ漁が盛んでしたが、シャコの減少により、1971年(昭和46年)漁業権を放棄しました。しかし、昭和50年代後半に再びアナゴの漁業権を獲得し、現在も漁業が続けられています。漁獲される主な魚は、アナゴ、カレイ…
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大さん橋屋上フロアさんぽ

大さん橋の前身は、1894年(明治27年)に完成した鉄桟橋で、1970年頃までメリケン波止場と呼ばれていました。1989年(平成元年)老朽化による改修工事が始まり、1995年(平成7年)新ターミナルの国際デザインコンペで最優秀作品が決定 し、2000年(平成12年)新ターミナルの新築工事着工、2002年(平成14年)現在の大さん橋が完成…
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赤レンガパーク

JR桜木町駅から、汽車道を辿っていくと赤レンガパークに着きます。赤レンガ倉庫は、国営保税倉庫として建設され、2号倉庫が1911年(明治44年)、1号倉庫が1913年(大正2年)に完成しました。時代の流れとともに、貨物のコンテナ化が進み、1989年(平成元年)には、倉庫としての役割も終え、その後しばらく放置されていました。しかし、みなとみ…
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金沢八景を訪ねる 後篇

洲崎晴嵐 野島橋を渡り、平潟湾沿いの道をしばらく歩くと、洲崎町です。洲崎晴嵐の晴嵐とは、晴れた日に山にかかる霞、または風のことです。江戸時代、洲崎はその名の通り、海にせり出した崎でしたが、現在は都市開発により、平坦な海岸線となり、大型マンションや釣り舟屋が立ち並んでいます。海を見渡せる公園があるのですが、工事中で立ち入ることができませ…
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金沢八景を訪ねる 前篇

金沢八景とは、小泉夜雨、称名晩鐘、乙艫帰帆、洲崎晴嵐、瀬戸秋月、平潟落雁、野島夕照、内川暮雪の八つの景色です。そのひとつ、ひとつを見ていくと気づくことがあります。まず、一つの景色が4文字の漢字で現され、上の2文字が場所、下の2文字が状況を示しています。 例えば小泉夜雨でしたら、小泉という所で夜に雨の降っている景色ということになります。…
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横浜三塔物語

横浜三塔とは、関内地区にある塔を持つ3つの建物で、それぞれキング(神奈川県庁本庁舎)、クイーン(横浜税関)、ジャック(横浜市開港記念館)の愛称で親しまれています。なぜそのような愛称がついたかといいますと、いろいろと説はありますが、外国の船乗りたちが横浜三塔を、トランプのカードに見立て名付けたという説が有力です。横浜市に今年2回目の大雪の…
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山手洋館巡り その3

前回のつづきです。えの木ていで休憩した後、そのすぐ隣にある山手234番館へ行きました。 山手234番館です。1927年(昭和2年)年頃、外国人向けの共同住宅として、現在の敷地に民間業者によって建設されました。関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業の一つとして建てられ、設計者は、隣接するえの木ていと同じ朝香吉…
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山手洋館巡り その2

前回のつづきです。 山手68番館を見た後、もと来た道を戻り、再び山手本通りに出ます。港の見える公園方面にしばらく歩いて行くと、道の左側にベーリック・ホールが見えてきます。 ベーリック・ホールです。イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅としてアメリカの建築家J.H.モーガンの設計により1930年(昭和5年)に建てられたものです。…
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山手洋館巡り その1

外国人居留地だった山手の洋館を巡ってきました。 JR京浜東北線石川町駅で下車し、南口(元町口)を出ます。改札を出たら、中村川の反対方向に向かうと、ひらがな商店街にでます。駅を出てどちらに向かっても最初の洋館ブラフ18番館へ行くことはできますが、左に曲がり、大丸谷坂を上っていくのがいいでしょう。坂の手前にイタリア山庭園の標識が出てい…
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JR鶴見線海芝浦駅

JR鶴見線海芝浦支線の終着駅海芝浦駅へ行きました。 JR鶴見線は終点の鶴見駅以外のすべての駅が無人駅という都会でローカル線気分の味わえる路線として、秘かな人気があります。通常、ローカル線は農村地帯を走るもので、車窓からは田園風景がひろがり、利用者はほとんど地域の生活者です。しかし、鶴見線は工業地帯を走り、車窓から見えるのは工場と倉…
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