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zoom RSS 根岸外国人墓地 〜丘の上のエンジェルたち〜

<<   作成日時 : 2017/01/08 01:19   >>

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横浜には、4つの外国人墓地があります。最も知られているのは港の見える丘公園の近くにある山手外国人墓地ですが、他に中国人の埋葬されている中華義荘(南京墓地)、イギリスをはじめとしてオーストラリア、ニュージーランド、インドなど、イギリスとその植民地であった国の戦没者の眠る英連邦戦没者墓地、そして、今回、訪れた根岸外国人墓地があります。何故、根岸外国人墓地を訪れようと思ったのかというと、山崎洋子さん著のノンフィクション「天使はブルースを歌う」を読んだからです。その本には、終戦後、アメリカ進駐軍兵士と日本人女性の間に生まれた嬰児800〜900体が、根岸外国人墓地に埋葬されているらしいということが書かれています。戦後、間もなく、山手外国人墓地に、嬰児の遺体が、ひっそりと置かれていくということがあり、当地に埋葬していたのですが、あそこに持っていけば何となしてくれるという噂でもたったのでしょうか、その数は増えて行きました。山手外国人墓地は、開国に貢献したエリートが埋葬されており、また、観光地ということもあって、身元不明の嬰児の遺体を埋葬するのは不適切と判断され、根岸外国人墓地にその場所を移したようです。

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根岸外国人墓地は、JR根岸線山手駅改札を左に出て、根岸駅方面に向かって2〜3分いくと、入口が見えてきます。通常9時から16時まで、開門しています。

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門を入ると、すぐ左手に管理事務所があります。敷地は広く、三段になっています。

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秘かに埋葬された嬰児たちの慰霊碑です。山手ライオンズクラブによって建てられました。この慰霊碑は、翼を持ったエンジェルですが、片翼が小さくなっており、飛べないエンジェル、つまり亡くなってしまった嬰児たちを表しています。慰霊碑を建てるためにチャリティーソング「丘の上のエンジェル」が発売され、作詞は「天使はブルースを歌う」の著者山崎洋子さん、作曲は横浜が生んだグループサウンズ、ゴールデンカップスのエディ藩さんです。

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敷地は落ち葉で埋め尽くされていますが、墓石は掃除されているようです。

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写真の右の墓石は、1942(昭和17)年11月30日、横浜港停泊中に起きたドイツ艦船爆沈事故の犠牲者61名を偲んで、ドイツ大使館と横浜山手ライオンズクラブによって建てられた慰霊碑です。

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管理事務所前の石段を上った二段目の墓地です。墓地の所々に椿が咲いており、美しいアクセントになっていました。

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墓地ですが、高台のため意外と開放的な雰囲気です。

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墓石は日本のものと形が違うため、異国情緒があります。

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このように、壊れてしまった墓石も散見されました。訪れる人は、極端に少ないようです。

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二段目から、さらに石段を上った三段目の墓地です。上に見える建物は、仲尾台中学校の校舎です。仲尾台中学校の教師をされていた田村泰治さんは、歴史研究部の生徒さんたちと根岸外国人墓地の調査を行い「郷土横浜を拓く」という本を著しました。その中に、秘かに埋葬された嬰児たちのことも書かれているそうです。

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校舎からは、吹奏楽部の演奏が聞こえていました。奥の方に行くと墓石は少なくなります。

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墓地の最深部で、この辺りに嬰児たちが秘かに埋葬されたのでしょうか?

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親がはっきりしている嬰児は、墓石が残っています。

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三段目から二段目に下りる道があり、下りてみました。

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以前、墓地にはおびただしい数の小さな木の十字架が、並んでいたそうです。その小さな白い十字架は、横浜市によって片づけられてしまいましたが、このように今も草むらに横たわっているものもあります。

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散った椿の花びらの中に横たわる小さな十字架です。思わず手を合わせました。

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根岸外国人墓地には、横浜の隠れた歴史がありました。





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