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<<   作成日時 : 2016/06/11 23:21   >>

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首都圏で、最大の秘境駅といったら、鶴見線大川支線の大川駅になるかもしれません。大川支線は、大川駅周辺の工場に勤務する人たちの通勤電車のため、平日でも7時、8時台にそれぞれ2本、夕方16時から20時は1時間に1本で4本、9時〜15時にかけては運行はありません。土曜、休日にはさらに運行本数が減り、一日で3本となります。したがって日中、大川駅に行くには歩いて行くしかありません。

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武蔵白石駅を過ぎたところにある踏切を渡り、大川駅を目指します。辺りは、完全な工業地帯で、民家は皆無です。

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大川駅に向かう道は、土曜日ということもあり、交通量は少なかったです。ただ、通る車の多くが大型トラックのため、すぐにのどがいがらっぽくなってきました。写真は鉄屑のリサイクル工場です。

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大川支線に入るとすぐにある日本鋳造です。京浜工業地帯の父と呼ばれている浅野総一郎氏により、1920年(大正9年)に発足しました。その名の通り、鋳鋼、鋳鉄品の製造を行っている会社です。

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日本鋳造の正門です。大川支線を跨ぐため、今では珍しい手動式の踏切が設置されています。日本鋳造踏切といい、ワイヤーを下ろして遮断する方式になっています。ワイヤーを下ろす作業は、誰が行っているのでしょうか?気になります。

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大川橋から撮った白石運河です。写真右手のプラントは昭和電工のもので、夜は近未来の世界を思わせるような美しさです。

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白石運河に架かる第5橋梁に今も残る第二次世界大戦中に米軍戦闘機の機銃掃射によってできた弾痕です。鶴見線では他に国道駅でも、第二次世界大戦中の米軍戦闘機による機銃掃射の痕を見ることが出来ます。

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白石運河の北岸の風景です。こちらも昭和電工のプラントが見えます。

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大川駅の駅舎が見えて来ました。

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大川駅前の踏切を渡ります。目の前には、三菱化工機の社屋がでーんとあります。

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一見、複線のように見えますが、大川支線は単線です。以前は、昭和電工、三菱化工機、日清製粉などの会社専用線が、大川駅に接続していましたが、現在は廃止されています。

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三菱化工機への引き込み線の跡です。

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大川駅です。京浜工業地帯の埋め立てに協力し、日本の製紙王と呼ばれ、日本鋼管の二代目社長を務めた大川平三郎氏の名前が由来となった大川町から、「大川」と命名されました。他には浅野、安善と人の名前のついた駅が鶴見線にはあります。浅野は、日本鋳造のところでも紹介しましたが、京浜工業地帯の父と呼ばれている浅野総一郎氏、安善は、京浜工業地帯埋立ての功労者で浅野総一郎氏の盟友である安田善次郎氏から命名されました。

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大川駅は、1926年(大正15年)、鶴見臨港鉄道の貨物駅として開業し、1930年(昭和5年)旅客営業を開始しました。秘境駅と呼ばれるのにふさわしい外観です。

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ここだけ切り取ると、日本の最果てに来たような気分になります。

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手動性の小さな踏切です。ハンドルを回して、遮断するのでしょうか?初めて見る踏切です。貨物線のなくなった現在は使われていないものと思われます。


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