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zoom RSS 川崎コリアンタウン 池上町探訪

<<   作成日時 : 2016/05/21 00:50   >>

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川崎コリアンタウン3部作のようになってしまいましたが、その最後は池上町です。池上町はJFEスチールの敷地内を、‘不法占拠’している住宅群のあることで知られています。何故、そのようなことに、なったのでしょう?1910年、日本は武力を背景に、大韓帝国を併合し、植民地としました。それにより、土地を奪われた朝鮮の人たちは、働き口を求めて日本に来ることになります。時期を同じくして、日本では京浜工業地帯が発達し、1912年(大正元年)、日本鋼管(現JFEスチール)が設立され、翌年から稼働を始めます。朝鮮半島の植民地化、京浜工業地帯の発展、この2つが重なったことにより、川崎には多くの朝鮮人が暮らすようになっていきました。日本での生活が長くなれば家族を呼び寄せるということにもなりますし、また、血縁・地縁を頼ってくる人もいます。さらに、日中戦争の本格化による強制連行などもあり、多くの朝鮮の人たちが、日本鋼管で働くことになりました。池上町には、京浜工地帯で働く労働者の社宅などが立ち並んでいましたが、戦後、工場の敷地内の寮に収容され、強制労働させられていた朝鮮の人たちが、移り住むようになりました。そして、その状態が今も続き、‘不法占拠’などという禍々しい言葉で表現されるようになったのです。

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池上町は、貨物線の高架とJFEスチールに挟まれて、存在しています。殺伐とした雰囲気で、さんぽする前はとても緊張していました。

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このコインランドリーは、2014年に公開された川崎が舞台の「小川町セレナーデ」という映画に出て来ました。

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池上町の町内に、入ってみます。‘不法占拠の街’というより、昭和30〜40年代を彷彿とさせる何処か懐かしい街並みです。初めの緊張が解けて行きました。

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社宅の残りのような建物です。長屋形式で、赤い郵便受けが等間隔に並んでいるのが、印象的でした。

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たばこ屋さんが、ありました。洗濯物が風に揺れるいい風景です。

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町の中程にある池上町町内会館です。「あなたの責任で、火の用心」とありますが、狭い路地の続く町ですので、消防車は入ってこれず、火事になったら大変なことになりそうです。

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路地は奥へ行けばいくほど、狭くなっていきます。戦後すぐに建てられたような、バラック小屋も目にすることが出来ます。

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町から外の空を見上げると、貨物線の高架と高速道路が、壁のように取り囲んでるように見えます。

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舗装された広い通りがあったので、入ってみました。

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するとカフェー建築のような建物がありました。明らかに、カファーという感じですが、日本鋼管で働く労働者で賑わっていたのかもしれません。現在はアパートになっているようです。

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こちらは、JFEスチールの壁です。

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広い空地がありました。

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さらに歩いて行くと、桜掘運河に出ます。

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運河沿いには、釣り船屋さんが数軒あります。ここも、テレビドラマのロケに使われました。

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運河を周り込んで、再び貨物線沿いに出ると、長大なアパート群がありました。

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どうやら、売りに出されているようです。

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さらに行くと、焼肉・定食、道飛館の看板が…。行ってみましょう。

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路地を入っていくと、また道飛館を示す看板がありました。有名店なのかもしれません。

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それにしても、狭い路地です。家と家とが重なりあうように、建っているところもありました。

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焼肉屋道飛館です。あとで知ったのですが、国内最古の焼肉店をいわれているようです。戦後、すぐに営業を始めたらしく、現在営業している焼肉屋でもっとも古いということは、いえるかもしれません。



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